2009年の夏にITの仕事から解雇された後、次の仕事を探すまでの期間、少しでも収入を得ようと稲川素子事務所と契約することにした。リーマン ショックの影響で正社員の仕事を見つけるのは非常に困難な渦中、日本に住む外国人にとってエンターテインメントの仕事は安定していると聞いたから である。困難で、かつ莫大な時間を要する就職活動中、長期の安定した仕事を得られるまではエンターテインメントの仕事をして低迷していた収入の埋 め合わせをできれば、と思ったのだ。ちょうど自由の身だった私は、与えられたどんな仕事でも引き受けることができた。
初めてもらった仕事は、外国人がよく出る歴史劇のテレビでの仕事だった。撮影中、この業界で仕事をしている他の外国人に会った。彼らに、これは私 の最初の仕事で自分は稲川素子事務所に入ったばかりだ、と言ったところ、1人の友好的なアメリカ人の男性が、気を付けるようにとアドバイスをくれ た。彼は私よりも日本のエンターテインメント業界での経験があったので、詳しいことを聞いてみた。すると彼は、“給料をもらうのはいつだと言われ た?”と私に聞いた。“2か月後と言われた”と私は答えた。彼は“6か月くらい見たほうがいい。給料をもらうために、何度も電話をかけて催促し た”と言った。それを言われて心配になり、英語の教師の仕事を探そうかとも考えた。
契約と仕事のプロセス
稲川素子事務所は外国人タレントの所属事務所として名が知られていて、かつ長いこと営業しているため、私のような日本のエンターテイメントの仕事 に興味がある外国人はかなり高い確率でこの事務所を紹介される。
私は自ら六本木にある稲川素子事務所を訪ねて契約をした。私の情報をとり、何枚かの写真を撮られた。そして私のスケジュールはどのくらい空いてい るか聞かれた。スケジュールが空いている、ということは彼らにとって重要なポイントである。ほかの常勤の仕事との両立は難しく、その時点で仕事を していなかった私には何の問題もなかった。仕事の2か月後に支払いがされると言われ、かつ三井住友銀行の口座が必要だと言われた。不思議なこと に、彼らは私の銀行口座番号等は一切尋ねなかった。それどころか、結局は私が自ら電話、Eメール、そして直接その情報を伝えることとなった。
そのうち、事務所からこの日とあの日はフリーか、と電話がかかってくるようになった。もしクライアントが欲している条件を満たせば仕事をもらうこ とができ、この時間にこの駅で待ち合わせるように、などと言われる。さらに不思議なことに、仕事の給料や期間などの詳細は一切教えられない。電話 を切られる前に聞くことで情報を得ることを覚えた。その上、契約内容や給料の詳細、そして仕事内容などは一切書類としてもらうことは無かった。1 度Eメールをもらった際の内容は、覚えるための台本だった。今にして思えば、彼らとのコミュニケーションはEメールか、電話での会話を録音したい と要求すべきだった。しかし、それをすればもらえる仕事の量に影響を及ぼすかもしれないと恐れた。残念なことに、このような手段をとる事は、規制 のない業界で仕事をする際に必要不可欠なのである。
私が仕事をこなし、無報酬のオーディションに参加した際、稲川素子事務所で似たような経験をしたという他の外国人達に会った。外国人タレントの間 では、“稲川素子事務所は給料を払わない”や、“稲川素子事務所は自分に借りがある”などという会話が飛び交っていた。ある仕事では、仕事と同日 に現金での支払いを約束されていたのだが、着いてみると翌朝に銀行口座に振り込まれる、と言われた。翌朝私の銀行口座を確かめたところ、入金はさ れていなかった。
給料の支払いを辛抱強く待っていた2か月間、私は他の仕事をいくつかした。最初の仕事から2か月後、支払いはされなかった。3か月待っても支払い はなかった。安定した収入がなかった中、利用された、という思いを隠せぬまま、労働した分の給料を支払うよう要求した。
不満を直接伝える
まず第一に、不満を直接事務所に伝えた。
“少し調べてみてから電話を掛けなおします” ――電話はかかってこなかった。
“経理の担当者はいま外出中です” ――経理担当者は、いつもいないようだ。
“明日電話を掛けなおしてください”――翌日電話をかけると、違う男性に同じことを言われた。メリーゴーランドに乗っているような気分だ。
“我々と契約されていますか?”――もちろん。仕事をもらったし、電話もかかってくるではないか。
“名前と電話番号は?” ――何回この情報を言わなければならないのだ?
“別の仕事がありますよ”――個々のスタッフに給料の支払いを要求しても、会社内のコミュニケーションが全くない様だ。
言い訳を散々聞かされた上、このアプローチは利かなかった。
どのように給料の支払いを受けたか
ついに、“金曜までに給料の支払いがなければ、翌週月曜日に労働局に行きます”というEメールを送ったところ、給料の支払いを受けた。Eメールを 送った同日に支払いがあったので、効果的な方法だったと言えるだろう。彼らは、労働局を巻き込むことは明らかに避けたかったのだ。
日本で同じくエンターテインメントの仕事をしている知人の勧めもあり、労働局にやはりクレームを伝えることにした。規制のないエンターテイメント 業界で、このようなビジネス手法があるということを知ってもらうために。脅すことで給料の支払いをは受けることができたが、それだけではシステム を変えることはできない。以下のリンクの労働局を訪ねた。
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/
労働局では理解をしてもらえてとても助かったが、私のケースでは結局給料の支払いはされたので特にできることはないと言われた。仕事に関する日時 の詳細、給料の約束など、ある記録をすべて持っていくように。稲川素子事務所は私に文書記録をくれなかったが、細かいことまで記録しておくことを お勧めする。
特に驚かなかったが、給料の支払い後は事務所から電話もかかってこなくなり、仕事ももらわなくなった。
参考文献
www.japantimes.co.jp/news/2010/06/29/national/foreign-talent-feeling-gypped-by-top-agency